8月始め、これからブログアップをマメにしよう!と固く誓った決意は見事に吹き飛んでいました。が、さっき、地球をゆっくり一周して、無事帰ってきました。我ながら自分の「健忘力」に驚きます。
空白のここ半月でも、いろんな人が来て、いろんなところに行き、いろんな話やパフォーマンスを見聞きする機会に恵まれ、また、今後参加予定のいろんなイベント情報など書きたいと思うことは山積みなのですが、8月末に気づいてから今まで、わたしの中でまぶしく輝き続けているひとつの感覚を書いておこうと思います。
~☆~☆~☆~
8月末のある日、運転しながらCDを聴いていると、あれ?なんか変な感じ。。。それは何度となく聴いているケルト音楽だったのだけれど、聞き覚えのない楽器の音を感じるというか、例えれば、一番しか聞いたことのない曲の二番を初めて聞いた時のような。。確実な違和感を感じました。
あれ~???と思って他の曲を聴いても、CDを他の洋楽にかえても続く、同じ感覚。。。よくよくそれに集中してみると、英語がはっきり聴き取れていたのです(意味はわからずとも)
これで思い当たることはひとつ。
この前に紹介したスピリチュアルなご一行さまがうちに来た時、大分を案内した2日間はわたしの車の助手席には日本語を話せないオランダ人のハンスが乗り、否が応でも英語でコミュニケーションをとらなければいけない状況にありました。
結局、難しい話は出来なくて話が暗礁に乗り上げると、「後でナオミさん(レイの奥さん)に通訳してもらおう」という事で終了し、その繰り返しだったのですが。
この不思議な感覚は、この英語に集中した2日間の次の日の出来事でした。
ハンスに対して、英語に対して、心をひらいていた2日間。
時間じゃないんだなぁ。脳は確実に変化しました。
開かれてわかるのは、「閉じていた」ということです。
閉じていることが当たり前になっている間はそれには気づくことはできません。
すべてについて当てはまること。
今年の夏、わたしはスイカを食べる時、種も一緒に食べるよ
うにしました。単に「種には素晴らしい栄養があるよ」と友達から聞き、その友達もバリバリ食べているということだったからです。
それまでのわたしは、スイカの種を食べる前に丁寧に取り除き、見逃した種を口にいれてしまいバリっと噛んだ日には、まだ残っていたか~、とうらめしく思うほどだったのだけど、今年の夏は違いました。
実も種も丸ごと美味しく頂く。。。種を排除し、さらにその種がまだ残ってないか心配していた時とは心の軽さが全然違います。なんのかげりもありません。
蚊に対してもそう。
わたしはどんな虫も平気だけど蚊にさされる事に対しては神経質で、部屋の中に蚊が入ってくるとピリピリ。。。そんな時、ハンスは「蚊は友達」と言ってのけました(@_@)
そんなハンスは刺されている様子もない。
刺されても刺されなくてもかまわない、そんな穏やかな状態をキープしていました。
それを見習って、わたしもすこーし、蚊に対して心をひらくようになりました。
ほんの短い時間だったけれど、ハンスの姿勢から学ぶ事は沢山ありました。そして、後になってからも気づく事がさらにあります。レイのチャネリングによると、過去生で、ハンスはわたしの先生だったと教えてくれたのですが、そうだと思います。何の先生か聞きそびれたけど、きっと人生の師匠かな。
ハンスは、子供も大人も誰に対しても「美しい」「美しい魂」と、褒め称えます。
そして、国東半島をドライブしている間も、緑の濃い景色に「美しい」とつぶやいていました。
今いる場所に対して、心をひらく。
日本に、世界に対して、心をひらく。
人に、自分に対して、心をひらく。
すべてに対して、心をひらいた状態。。。
ただ、それだけ、それを選択するだけ。それを選ぶのは自分の意思です。
宇宙の摂理にかなった状態でちゃ~んとひらけた時、まるで魔法にかかったかと思うくらい新しい回路、もしくは使われなくなっていた回路が機能し始め、自分をとりまく世界ががらっと変わるはず。でも変わるのは世界の方ではなく、きっと自分の見え方、感じ方。
そんな事を想像するだけで心は拡大し、わくわく。。。
と、まあ、目下、わたしは今そんな風に過ごしています(^v^)
追伸。。残念ながら英語の魔法はとけたようだけど、あの感覚を忘れないようにしよう、とモチベーションだけはあがってます☆